弁造さんと『庭とエスキース』

昨年から今年の春にかけて一冊の本を作りました。それは北海道で小さな丸太小屋に暮らし、自給自足の庭を育て、絵を描いて生きていた“井上弁造”という人と過ごした日々を綴ったもので、『庭とエスキース』という、とても美しい名前(自画自賛ですが、そう思っています)をまとって世に出ていきました。

この『庭とエスキース』は今から20年前に弁造さんと出会った日のことから始まります。それは僕が今の岩手雫石ではなく、まだ東京に暮らしていた頃のことで、写真も撮り始めたばかりでした。当時、弁造さんは78歳で、写真を撮らせて欲しいという僕の願いを笑顔で受け入れてくれました。僕はそれから14年間かけて弁造さんを撮らせてもらいました。14年間というのは、弁造さんが92歳で亡くなってしまったからです。でも、僕は弁造さんがいなくなってからも、自給自足の庭や描き遺されたエスキースにカメラを向けてきました。弁造さんはいなくってしまいましたが、それは実体だけの話であって、その存在は僕の中でむしろ強くなっていると感じる日々でした。

『庭とエスキース』では、この“存在の強まり”を書くことになりました。書くための道具は「記憶」で、それはおぼろげでありながらもとても自由で豊かな道具でした。僕はこの不思議な道具を使って、弁造さんと過ごした時間、弁造さんが語ってくれた遠い日々の自由に行き来しながら書き進めていきました。2012年に弁造さんが逝ってしまい、7年もの月日がすでに流れてしまっていたことも記憶に自由を与えてくれたのではないか、そんな気もしています。

でも、この『庭とエスキース』で僕が書きたかったこと、それはなんだろう?と今も明確な答えを導き出すことができません。僕と弁造さんの日々を詰め込んだ記憶が自在に遊ぶ姿を描きたかったのかしれませんし、弁造さんの“生きること”を今一度いろんな角度から考えてみたかったのかもしれません。でも、そんな難しいことではなく、穴あきの黄色いセーター姿の弁造さんを思い起こし、抑揚に飛んだあの甲高い声に耳を傾けると、僕は一気に弁造さんが話してくれた、“弁造さん自身の記憶”の中へと簡単に連れ戻されてしまうのです。そして、温かな何かが僕の胸を静かに満たしてくれるその時間に浸っていたかったのかもしれません。そういう意味では、僕は『庭とエスキース』を通じて、弁造さんという人に出会ったこと、「人が人と出会う」という、誰にとってもとても当たり前で、また宝物のような出来事を長い長い文章で書きたかったのかもしれません。

本を書き終えてしまっても弁造さんと僕の関係は続いています。それがこの「弁造さんのエスキース展」です。弁造さんが描き残したエスキースを多くの人に見てもらおう、そんな単純な願いで準備を進めています。

「弁造さんのエスキース展」は、展覧会に足を運んでくれた人たちが、弁造さんのエスキースと『庭とエスキース』という一冊の本を行き来しながら、井上弁造という人を通じて、その「生きること」を感じることができる展覧会になるといいな思っています。どうぞよろしくお願いいたします。

『庭とエスキース』
著者:奥山淳志 発行所:みすず書房 発行日:2019年4月16日 A5変型判 仮フランス装 328ページ(写真40ページ)販売価格:3456円(消費税256円)